「年金代わりになる」に騙されるな…荻原博子「65歳以上限定プラチナNISA」の背景に政府と金融機関の黒い思惑
2025年4月23日(水)16時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AlexSava
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■資産運用立国のターゲットは「高齢者」
「資産運用立国」をめざす岸田文雄前総理が会長をつとめる、自民党の資産運用立国議員連盟が、高齢者向けに「新NISA」の拡充を提言。中身は、高齢者向け「新NISA」を「プラチナNISA」と銘打って、積極的に毎月分配型の投資信託を販売していこうというもの。金融庁も創設に向けて動き出し、2026年度の税制改正要望に盛り込みたい意向です。
初めて聞く「プラチナNISA」とは、いったいどんなものなのか、詳しく説明していきましょう。
■「新NIISA」からは外されていた「毎月分配型」
岸田前総理が提唱する「プラチナNISA」とは、簡単に言えば65歳以上だけ、現在の「新NISA」では禁止されている「毎月分配型」の投資信託を買えるようにしましょうというもの。
現在、「新NISA」では、毎月分配型の投資信託は買えないことになっています。なぜなら、「毎月分配型」の投資信託は、買った投資信託の中から一定額の分配金を毎月定期的に購入者に支払っていくので、運用益が再投資されずに分配金に回り、中長期で資産を増やしていくという「新NISA」の主旨に沿わないということで、対象商品から外されていたのです。
さらに、毎月分配型の投資信託は、運用がよくなければ元金が取りくずされて目減りしていく可能性があります。そうしたリスク説明が不十分だと、まさか自分の払ったお金が目減りしているとは思わない素人投資家から、苦情が殺到する可能性が大いにあります。
こうした理由から、今の「新NISA」では、「毎月分配型」を売ってはいけないということになっているのですが、これをなぜ、65歳以上の高齢者に売っていこうとしているのでしょうか。
その前に、根強い人気の「毎月分配型」のルーツを見てみましょう。
■高齢者から6兆円を集めた巨大投資信託「グロソブ」
「毎月分配金」の投資信託といえば、超有名なのが、この手の商品の元祖とも言える「グローバル・ソブリン・オープン(毎月決済型)」。1985年に販売された、通称「グロソブ」と呼ばれる投資信託です。
主要先進国の政府および政府機関が発行している元本保証の安全な国債を主な投資対象としているので、安全、確実で破綻の心配もなく、そこで得られた利益は配当として分配されるので、毎月、安定した収入が確保できるというのが売り文句でした。
これに飛びついたのが、将来の年金に不安を持っていた高齢者。
1000万円の投資信託を買うと、毎月必ず4万円の分配金が得られるということで、証券会社も「元本割れにならない確実な債券で運用し、そこから出た利益が年金の足しになるので将来も安心」という殺し文句で、高齢者に大々的に販売しました。
写真=iStock.com/Alexandr Lebedko
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その宣伝が功を奏し、なんとピーク時の2008年秋には、集まったお金(残高)が5兆7000億円を超えました。しかも2012年3月まで、すべての投資信託の中で147カ月連続で売り上げトップを独走。金融機関に、莫大な富をもたらしました。
買った人たちの多くは、投資初心者。「眠っているお金で投資するだけで毎月もらえる年金が増え、老後は安心です」という言葉を、そのまま鵜呑みにして、なけなしの老後資金を銀行から引き出し、金融機関に持ち込みました。
■あまりにも悲惨な「グロソブ」の末路
その後「グロソブ」がどうなったかといえば、ピーク時に5兆7000億円もあった残高は、現在2419億円まで激減していて、ファンドそのものの存続が危ぶまれる状況になっています。
1000万円に対して月4万円だった分配金も徐々に下がり、2020年からは月5000円に激減しています。
つまり、1000万円を投資さえすれば、ここから生み出される分配金で死ぬまで月々4万円が年金に上乗せになると思い込んでいた人が多かったのですが、この分配金が2万円になり、5000円になりと徐々に減ってしまったということ。しかも、投資した1000万円も徐々に減っていき、2025年4月18日現在では508万円と約半分になっています。
なぜこんなことになってしまったのかといえば、この商品には、実は最初から大きな欠陥がありました。
1000万円買うと毎月4万円の分配金がもらえるということは、年の利回りにすれば4.8%。さらに、ここに金融機関の運用手数料が1.25%加わるので、6.05%以上の運用利回りを上げないと成り立たないはずの商品だったのです。
ところが、組み込まれている債券は安全性を重視したものばかりなので、良くてもせいぜい4%前後の収益しか上がらない。しかも、その後の世界的な低金利の中で、その利回りはどんどん低下していきました。
為替ヘッジもついていないので、対ドルで見ると、スタート時点では1ドル150円ほどだった為替が2011年には1ドル80円を割り、これでも大打撃を受けています。
こうした外部的環境の悪さはありましたが、最大の要因は、どんなにファンドが不調であっても、毎月約束した分配金を必ず投資者に支払わなくてはならないために、元金の取りくずしが起きていたこと。
運用で増えないぶんは元本から取りくずしていくという、俗にいう「タコ足配当」が始まりました。そのため、投資信託そのものが、どんどん目減りして痩せ細っていってしまったのです。
■「国のお墨付き」と誤解される懸念
「グロソブ」のブームが去った後も、さまざまなタイプの「毎月分配型」の投資信託が続々と出てきました。しかも多くが、分配金を出すことで投資商品としての複利効果が得られないないため、「グロソブ」と同じような衰退の道を辿りつつあります。
それでも次から次へと「毎月分配型」の投資商品が売り出されてくるのは、「毎月分配型」というのは、売る側にとっては都合よく売りやすい商品だからでしょう。
特に金融知識のない人は、「低金利で虎の子を眠らせておくより、眠っているお金で投資するだけで毎月もらえる年金が増えますから、老後は安心です」と言われたら「そうかな」と思ってしまう。
2019年、ゆうちょ銀行が70歳以上の高齢者への投資信託の販売で、社内ルール違反がなんと約2万件も発覚し、大騒ぎになったことがありました。
事前にしっかりと元本割れなどのリスクを説明せず、理解度の確認を怠る違反が直営店と委託先の郵便局で多発し、客から苦情が殺到しました。この時期、2018年12月から2019年5月までの半年間に売られていた投資信託の販売金額トップ5本のうち、3本は「毎月分配型」の投資信託でした。
これを買っていたのが、金融商品知識に乏しい高齢者だったために、この時、金融庁はこの商品を「顧客本位ではない」と問題視し、そのため多くの金融機関が「毎月分配型」の販売を手控えたという経緯があります。
ところが、今度は「プラチナNISA」で65歳以上にだけ、この商品を扱うことを許可しようとしているのです。
写真=iStock.com/Nyantanan
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金融庁は、あくまで扱い商品の許可をするだけですが、もし「毎月分配型」が「プラチナNISA」として扱えるようになれば、金融機関は「これは、国がお墨付きを与えたプラチナ級の商品なので、安心です」と高齢者を言いくるめて売りまくることは目に見えています。
「年金代わり」という魅力的な言葉に、「国のお墨付き」という権威までついたら、爆発的に売れることは間違いありません。
■ほとんどの高齢者は金融リテラシーが低い
日本では家計の金融資産総額の6割にあたる約2100兆円のうち1300兆円を60歳以上の高齢者が持っているといわれています。このお金を、どうやって銀行口座から引き出し投資させるかで、国も金融機関も頭を悩ませてきました。その切り札となりそうなのが、「毎月分配型」の投資信託。
現役世代は、オルカン(オール・カントリー)やアメリカ株のS&Pなどに投資しています。たぶん、すでに日本の成長力を見限っているのでしょう。けれど、高齢者はどうしていいのかわからないので、「年金が減ります」「物価が上昇します」という逆風の中で、どうすればいいのかわからずにうずくまったまま。
金融広報中央委員会が行った「金融リテラシー調査(2022年)」によれば、金融教育を学校などで受けた日本人の割合はわずか7%ですが、たぶんこの中の高齢者の割合は、限りなくゼロに近いのではないでしょうか。しかも、60代、70代の約8割は、「損をしたくないから投資しない」という損失回避傾向が強い人たちです。
写真=iStock.com/FluxFactory
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この高齢者の「投資拒否」の高い壁を、「毎月分配型」の投資信託で突きくずそうというのが、政府と金融機関の目論見です。
■政府と金融機関にとっては一石二鳥以上
公的年金が減って国民から文句を言われそうな国にとっては、「目減りしていく公的年金の補填になる商品があります」と高齢者を投資に誘導しやすくなる。しかも、入ってきた分配金で気が大きくなった高齢者が、これを消費に回してくれれば、景気回復にも役立つ。さらに、ここから高齢者の持っているお金が株投資などに流れていけば、素人は買った商品が目減りしてもなかなか手放さないので、不安定な株の底支えになるかもしれない。
低金利に喘いできた金融機関には、「グロソブ」の時のように多額の手数料収入を得られるかもしれないし、「年金代わり」は勧誘の大きな武器になります。まさに、政府や金融機関にとっては、一石二鳥どころか、三鳥、四鳥になりそうな商品が、「毎月分配型」の投資信託なのです。
ただ、ここで抜け落ちているのは、高齢者への配慮。これが本当に、金融知識に乏しい高齢者の資産形成にとってベストなのかということ。郵便局の窓口で「年金代わりになる」と言われて売られていた毎月分配型投資信託41本中、39本が、2020年時点で元本割れとなっていました。
政府と金融機関にとっては待望の「毎月分配型」の投資信託ですが、高齢者にとっては悪夢になるのではないかと危惧しているのは、私だけでしょうか。
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荻原 博子(おぎわら・ひろこ)
経済ジャーナリスト
1954年、長野県生まれ。経済ジャーナリストとして新聞・雑誌などに執筆するほか、テレビ・ラジオのコメンテーターとして幅広く活躍。難しい経済と複雑なお金の仕組みを生活に即した身近な視点からわかりやすく解説することで定評がある。「中流以上でも破綻する危ない家計」に警鐘を鳴らした著書『隠れ貧困』(朝日新書)はベストセラーに。『知らないと一生バカを見る マイナカードの大問題』(宝島社新書)、『5キロ痩せたら100万円』『65歳からはお金の心配をやめなさい』(ともにPHP新書)、『年金だけで十分暮らせます』(PHP文庫)など著書多数。
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(経済ジャーナリスト 荻原 博子)