PTAの「ズルい」論争、いつまで続く? 任意と分かっても非会員を許せないワケ

2025年5月2日(金)21時15分 All About

PTAを退会する人や「入らない」という人に対し、会長や役員さんが「それなら子どもを登校班から外す」「記念品を子どもにあげない」などと告げ、トラブルになるケースがあります。何が問題なのでしょうか?

「PTAは入りたい人が入る団体」であると知られるようになり、退会する人や入らない選択をする人は、もはや珍しくなくなりました。100%加入のPTAは、もうだいぶ減っているでしょう。
一方で、こんな問題が時々起きています。退会する人や「入らない」という人に対し、PTAが「それなら子どもを登校班から外す」「記念品を子どもにあげない」などと告げ、トラブルになるケースです。

なぜ非会員家庭の子どもを同様に扱う必要があるのか?

先日も、たまたまお会いしたPTA会長さんから「なぜ非会員家庭の子どもを同様に扱う必要があるのか?」と質問を受けました。
この件について、筆者はこれまで繰り返し発言してきました。PTAは任意で加入する団体であると同時に「その学校に通う全ての子どもを対象に活動する団体」と考えられ、会員家庭のみを対象に活動することを校長は許可できないはずだ、ということを。
例えばもし、学校で「読み聞かせサークル」が会員家庭の子どもだけを対象に本を読み聞かせていたら、サークルに入っていない保護者は「学校でやるな」と思うでしょうし、校長はそのような活動を止めるはずです。PTAだって同じことでしょう。
登校班の運営や子どもへの物品配布といった活動は、かつてPTAが「保護者の義務」と思われていた時代に「全員加入」を前提として始められたものです。今は任意加入の団体だと分かっているのですから、どの子どもにも嫌な思いをさせないよう、活動を見直すのがスジではないでしょうか。
でも実際には、「非加入者が恩恵を受けられないのは当然」とする声はなかなか後を絶ちません。保護者はどんどん入れ替わるので、見直しが進みにくい面があるのです。ネットやSNSでも、入らない人を「フリーライダー」と呼び非難する人がたびたび現れ、論争が繰り返されてきました。
例えば筆者が7年前、非会員家庭の子どもが登校班から排除される問題を書いた記事には、4千件を超えるYahoo!コメントがつき、その半数以上が「PTAに入らない家庭の子どもが対象外になるのは当然」とする内容でした。
先月(2025年4月)公開された拙著の抜粋記事「まるで脅し? PTA非会員家庭の子ども差別」では約1千件のコメントがつき、このうち非会員家庭の子の排除を肯定するものは3〜4割でしたから(ざっと見た印象ですが)、やや減ってはきたものの、皆が納得する段階にはまだ至っていません。
なぜ、このようにいつまでも話がかみ合わないのでしょうか。原因は、実はとてもシンプルなことだと、筆者は考えています。

PTAを「必ずやらなければならないこと」の箱から出す

「PTAは“任意”」ということを、本当に納得できているかどうか。結局、その前提の違いだと思うのです。“任意”ということが腑に落ちている人は、入らない人を「ズルい」「フリーライダーだ」とは思わないし、腑に落ちていない人は「許しがたい」と感じ非難せずにいられないのでしょう。
現実には、両者の間くらいの人が多いかもしれません。特に、これまで“我慢して”役員をやってきた方たちは、「PTAは任意」と知識では知りつつ、「それはあくまで法律上の話。実際は全員加入して活動すべき」と思っていることが、少なからずあります。
筆者にもそういう時期はありました。今から十年以上前、「PTAは任意」と分かったつもりでいながら、理由をつけて活動を回避する人たちを「ズルい」と感じてしまったことがあります。まだ本当の意味では“任意”が腑に落ちていなかったのです。
今は、加入や活動を強要する“仕組み”の問題だと考えているので、「やらないのはズルい」とは思わないのですが、そう納得するまでには何年かかかった記憶です。
ぴんとこない方は、2つの箱を想像してもらえるでしょうか。1つは「必ずやらなければならないこと」の箱、もう1つは「やりたい人がやること」の箱です。税金の支払いや、対価を受け取る仕事は前者に、趣味やボランティアの活動は後者に入っています。
今頭のなかで、PTAはどちらの箱に入っているでしょうか。前者の箱に入っているなら、それを後者の箱に移してもらえたら、「入らない人」に対する印象が変わるのでは?

「恩恵を受けたい」と思っているわけではない

ヤフコメやSNSなどでは、「PTAに入っていないのに『恩恵を受けさせろ』と言うなんてずうずうしい」といった非難を時々目にします。でも、少なくとも筆者はそういった要求をする人に会ったことがありません。
PTAに入らない人たちはただ、その選択によって、ほかの子どもたちが学校でもらえるものをわが子だけもらえない状況に置かれることや、みんなが登校班で通学する中わが子だけ村八分で通学を強いられることを避けたいだけです。だから「同じように扱ってほしい」と求めているのであり、それは「恩恵を受けたい」ということとは違うでしょう。
この論争は一体いつまで続くのか。保護者同士いがみあい続けるくらいなら、PTAは登校班の運営も記念品の配布も、いっそ手放してはどうでしょうか。実際、集団登校をやめて個別登校に移行する学校や、記念品の配布をやめるPTAは、最近増えつつあります。
自分が我慢していることを我慢しない人を見ると「許しがたい」と感じるのは、たぶん誰にでもあることでしょう。そんなとき、相手にも我慢を求めるのでなく「じゃあ自分も我慢するのをやめよう」と考える人が増えたら、ずいぶん息苦しさの少ない世の中になりそうです。
大塚 玲子 プロフィール
ノンフィクションライター。主なテーマは「PTAなど保護者と学校の関係」と「いろんな形の家族」。著書は『さよなら、理不尽PTA!』『ルポ 定形外家族』『PTAをけっこうラクにたのしくする本』『オトナ婚です、わたしたち』『PTAでもPTAでなくてもいいんだけど、保護者と学校がこれから何をしたらいいか考えた』ほか。ひとり親。定形外かぞく(家族のダイバーシティ)代表。
(文:大塚 玲子)

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