兵隊としてひどい目にあったやなせたかしが『アンパンマン』を描いた理由「中国の民衆を救え、と言われて送られたのに、戦争が終わってみれば…」
2025年5月27日(火)12時30分 婦人公論.jp
空腹が一番辛いという体験をして…(写真はイメージ/写真:stock.adobe.com)
25年春のNHK連続テレビ小説『あんぱん』のモデルであり、子どもたちに愛され続けているキャラクター「アンパンマン」の生みの親である、やなせたかしさん(1919〜2013年)。新聞記者、宣伝部デザイナー、編集者、放送作家、舞台美術、作詞家など多分野で活躍し、1973年に代表作である『あんぱんまん』の絵本を出版。苦しい時もユーモアと好奇心を忘れなかった著者が、前向きに生きる秘訣を語る著書『何のために生まれてきたの?』(PHP文庫)より一部を抜粋して紹介します。
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戦争の体験
戦争の体験は、その後の人生に大きく影響しているわけですね。
─—影響していますねえ……、つまりですね、戦争というのは、絶対にやっちゃいけないということです。勝っても、負けても。
とにかく殺人をしなくちゃいけない。殺す相手というのは、憎くも何ともないんですよ。家へ帰ればよいお父さんであったり、よい息子であったりするわけでしょう。でも、その人を殺さなくちゃいけない。相手も同じですよね。しかも、自分も殺されるかもしれない。
正義の戦争なんてものはない
——そこにはどんな目的があるのか。正義のためと言っても、爆弾が落ちれば、罪のない子どもも死んでしまう。戦争というのは、絶対にやっちゃいけないということを、骨身にしみて感じましたね。どんな理由があっても、戦争はやってはいけない。
戦争というのはいつも、いろいろな理屈をつけるわけです。向こうが非常に悪いから、正義のためにやるんだって言うけど、正義の戦争なんてものはない。間違いなんです。実態はとにかく計画的殺人で、これはやっちゃいけない。現在でも、それは強く思っています。
それぞれの立場の正義を、言いあう。言っている限りは、戦争は終わらないし、なくならないんです。
『何のために生まれてきたの?』(著:やなせたかし/PHP文庫)
真の正義とは何か
——正義っていうのは、立場が逆転するんですよ。僕らが兵隊になって向こうへ送られた時、これは正義の戦いで、中国の民衆を救わなくちゃいけないと言われたんです。ところが戦争が終わってみれば、こっちが非常に悪い奴で、侵略をしていったということになるわけでしょう。
それで向こうは全部いいかというと、そんなことはない。悪いこともやっている。ようするに、戦争には真の正義というものはないんです。しかも逆転する。それならば逆転しない正義っていうのは、いったい何か?
ひもじい人を助けることなんですよ。そこに飢えている人がいれば、その人に一切れのパンをあげるということは、A国へ行こうが、B国へ行こうが、正しい行い。だから、ごく単純に言えば、その飢えを助けるのがヒーローだと思って、それがアンパンマンのもとになったんですね。
アンパンマンを描き始めた動機
「食べる」ということへの思いが、ずっとあったということですか。
─—僕は兵隊として向こうへ行き、一晩じゅう眠れなかったり、泥の中を転げまわったりと、いろいろなひどい目にあったんですが、それらは横になって寝ていれば、なんとか回復してくるんですよ。
ところが、空腹というのだけはダメなんですね。我慢できない。年をとってくると、まあそこまでではないけれど、若い時の空腹というのは、ぜんぜん我慢ができないんです。飢えるってことが一番つらいことなんだと、その時、身にしみて体験しました。
ですから、もし正義の味方だったならば、最初にやらなくちゃいけないことは、飢える人を助けることじゃないかと思ったんです。それがずっと自分の気持ちの中にあって、戦争から帰ってくると、いろいろなヒーローが僕の頭の中を飛びまわっていました。
ヒーローは悪い奴をやっつけるけど、ひもじい人を助けるというのはないんだよね。だから自分が物語を描くんなら、ひもじい人を助けるヒーローをつくろうと思っていたんです。それがアンパンマンを描き始めた動機なんですね。
※本稿は『何のために生まれてきたの?』(PHP文庫)の一部を再編集したものです。
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