飛んで火に“炒る”夏の虫?長野県産カイコ入りポップコーン発売に見る、信州に昆虫食文化が根付いている理由
2024年6月12日(水)6時0分 JBpress
(昆虫料理研究家:内山 昭一)
製糸工場の女性たちのおやつだったカイコ蛹
信濃毎日新聞社が「飛んで火に炒る夏の虫」という新商品を博報堂とのコラボにより開発、4月に発売しました。カイコ蛹入りのポップコーンです。信濃毎日新聞社は環境問題や食糧難に対応する昆虫食の可能性を探り、信州発の昆虫食を国内外に発信する「昆虫みらいプロジェクト」を立ち上げ、すでに多くの食品開発やイベントを実施しています。
そしてテレビ信州から筆者に連絡があり、この商品を報道番組で紹介するにあたり、「なぜ信州で昆虫食文化が根付いているのか」というタイトルで取材したいとのことでした。今回は私が考えるその理由について紹介したいと思います。
「伊那谷における昆虫食は、ゲテモノ食いと言われるような奇妙な風習ではなく、当初から食糧危機を見据えてきたやむをえない食文化でもない。自然界にあるものを無理なく採集し、美味しく食べる工夫をし、自然を壊すことなく長く食べ続けられる様に守り続ける、とても豊かな食文化なのである」と伊那市創造館館長の捧剛太さんは語っています。
しかし、この食文化は信州に限ったものではありません。1919年(大正8)に昆虫学者の三宅恒方が全国規模で行った「食用及び薬用昆虫に関する調査」によれば、全国で55種類の昆虫が食べられていました。
この調査で明らかなように昆虫を食べる文化は全国に見られ、一部地域の食習慣ではないことがわかります。とりわけ戦前から戦中にかけて高栄養食品としてイナゴ食が推奨されるようになり、イナゴは稲作の副産物として特に内陸の多くの地域で食べられてきました。
信州もその例外ではありません。県民によく知られている県歌「信濃の国」にも歌われているように、十州に囲まれた信州は内陸県で昆虫が豊富でした。松本、伊那、佐久、善光寺という4つの平の水田地帯ではイナゴ、近くの里山ではジバチがたくさん捕れました。
諏訪湖畔の岡谷などで盛んだった養蚕によって蛹食も普及しました。映画化もされている山本茂実が1968年に発表したノンフィクション文学『あゝ野麦峠』(副題『ある製糸工女哀史』)には、製糸工場での女性労働者たちが作業の過程で出る蛹を「おやつ」代わりに食べていたという記述があります。余談ですが私の昆虫食との出会いも蚕の蛹でした。ですから信州に昆虫食が根付いた理由の第一は、たくさん採れたということでしょう。
「儲かる昆虫食」が次々誕生
次に昆虫食の普及にとって「寺子屋」の役割が大きかったのではないでしょうか。幕末の信州には1341か所の寺子屋があり、その普及率は日本一でした。県民の識字率が高いことで、明治14年に創刊された「信濃毎日新聞」がいまのSNS的働きをして、広く県民にイナゴやハチノコの料理法が行き渡ったように思います。「信州の郷土料理」(「信濃毎日新聞社」刊)などの本も広く読まれたようです。信州では昆虫は「ゲテモノ」ではなく「珍味」として定着したのでした。
そろばんができることは商売にも有利です。ハチノコはこんなに美味しいから売ったらどうかという発想から「儲かる昆虫食」が生まれました。「昆虫の商品化こそ他地域で廃れた昆虫食文化を今日に伝える原動力ではなかったか」と伊那市のざざ虫研究家・牧田豊さんは言います。1914年(大正3)には「ハチノコの佃煮」が商品化されていたようです。本格的な商品化の先駆け「かねまん」の創業は1916年(大正5)でした。かねまんは安価な缶詰を販売し普及に大きく貢献しましたが、残念ながら2011年(平成23)に廃業しました。
「昆虫食王国信州にあって伊那がその首都だ」と牧田豊さんは言います。その理由として県南部の伊那市の歴史の浅さにあるとしています。江戸から明治にかけて伊那地域の中心は高遠でしたが、明治30年に上伊那郡伊那町が発足し、以来この新しい街に新しい商売が自由に行える気風が生まれたのでした。ハチノコ、イナゴ、サナギ、ざざ虫(川に棲むカワゲラ、トビケラ、ヘビトンボの幼虫の総称)のつくだ煮を「土産物」として販売し、東京の料亭に通って営業することで、「高級珍味」として定着し、全国に知られるようになっていきました。
こうした伝統を受け継いで2022年、伊那谷(天竜川に沿って南北に伸びる盆地一体)の伝統食「ざざ虫」を広めたいと、地元の上伊那農業高校の生徒たちがざざ虫をふりかけにした「ZAZATEIN(ザザテイン)」を開発し、昆虫食文化の継承に一役買っています。
信州で昆虫食文化が根付いた第二の理由は、美味しい昆虫を商品化し、高級珍味として販売したことだと思います。
昆虫食ポップコーンに期待
そして今年4月に発売されたのが「飛んで火に炒る夏の虫」。まず商品名に拍手です。ポップコーンとカイコ蛹のコラボも博報堂ならではの斬新なアイデアだと思いました。親子でも友人仲間でも、戸外でも室内でも、だれでもどこでも楽しめる時間と空間を共有でき、そこでは昆虫を食べたことがない人も好奇心を掻き立てられるに違いありません。
味付けに黒コショウを効かせることで、カイコ蛹独特のニオイがマスキングされ、しかも乾燥してサクサクした食感がコーンと一体化し、そのため心理学でいう雑食動物の抱く「新奇性恐怖」が薄らぎ、昆虫食の敷居を低くしてくれています。
「一度は昆虫を食べたことがある人」「その時にポジティブな感想を持った人」を増やしていくことが重要との目的に十分かなっているように感じました。カイコのほかにも様々な昆虫を入れることができそうです。
筆者もこれぞという虫を入れてシャカシャカ手鍋を振ってみたい誘惑にかられます。これからも昆虫食王国の名に恥じぬよう伝統を引きついで、未来に向けて新たな昆虫食品を生み出していってほしいと願っています。
参考文献:長野県上伊那地域振興局「信州伊那谷のおいしい昆虫」(2019年3月)
(編集協力:春燈社 小西眞由美)
筆者:内山 昭一