プロ級「眼」を持つ健大高崎のスラッガー佐伯幸大 前橋育英戦の選球眼 元NPB審判員記者コラム
2025年5月3日(土)23時14分 スポーツニッポン
◇春季高校野球群馬県大会準決勝 健大高崎 10—2 前橋育英(2025年5月3日 高崎城南)
記者は11年から16年までNPB審判員を務めた経験がある。運に恵まれ、日本のプロ野球でプレーしていた頃のドジャース・大谷、メッツ・千賀の投じるボールを見たこともある。ただ、それはむかし、昔の話。退職後は地方公務員を3年間務め、スポニチ記者はもう6年目になる。むかし、昔の話。それでも職業病は抜けない。
今春の選抜で4強入りした健大高崎は3日、前橋育英との群馬県大会準決勝に挑み、10—2で7回コールド勝ちした。記者は地元紙や全国紙、そして競合となるスポーツ紙の記者とともに群馬が誇る2強の戦いを記者席から観戦した。この試合、健大高崎のエース右腕・石垣が151キロ(スカウト計測)をマーク。7回には7番・伊藤大地が左越えに豪快な3ランを放った。ただ、「職業病」の記者はノーヒットに終わった4番・佐伯幸大が気になってしょうがなかった。
「4番・左翼」で出場した右の長距離砲・佐伯は2打数無安打に終わり、7回には代走を送られ途中交代した。ただ、4回は死球、5回は四球で計2出塁していた。
記者が思わず声を上げたのは5回の打席。カウントは2ボール2ストライク。追い込まれた打者としては「ストライクゾーンを広げて積極的に打っていくこと」がセオリーだが、5球目。アウトローへの際どい球を佐伯は涼しい顔で見送った。刹那。「広いとされる高校野球のゾーンではストライクを取られてもおかしくない…」。記者の予想は外れ、判定は「ボール!」。結果的に次の球もボールになり、佐伯は四球を選んだ。己の選球眼を信じ切った佐伯に「あまり審判員を信じすぎるなよ…」と記者席で一人つぶやいた。
むかし、昔の話。NPB審判員時代の思い出。オリックス・田口壮2軍監督に「僕らは審判員を信じています」と言われた。広島・岩本貴裕選手に「オレたちは審判に命運を託すだけ」と言われた。だからこそ、そんな指揮官、選手のためにベストの判定を下したい、と常に誓ってきた。カテゴリも、場面も、時期も、異なるが、佐伯の見送り方には、そんな審判員への信頼すら感じられた。
決して、記者がつくりあげたストーリーではなく、佐伯は一貫している。記者は元NPB審判員の経験を生かし、アマチュア球界の注目選手を「ジャッジ」する企画を行ってきた。
過去には横浜・杉山遥希投手(西武)や東海大相模・藤田琉生投手(日本ハム)、仙台育英・山口廉王投手(オリックス)らが企画に参加してくれた。今春の選抜前は健大高崎の左腕・下重賢慎投手(3年)のシート打撃の球審を務め、「ジャッジ」した。
NPB審判員には「御法度」がある。打者席に引かれている白線を通過した投球は決してストライクと言ってはならない。本塁と打者席のライン間には15・24センチの「グレーゾーン」がある。これは球道の角度によってはストライクにもボールにもなる。だから、この空間を通過した投球に関しては、プロの打者は納得いかなくても飲み込んでくれた。
話は下重の企画に戻る。シート打撃で対戦した下重VS佐伯。カウント3ボール、2ストライクから下重は佐伯の内角にベストピッチの直球を投げ込んだ。だが、球道は確かに打者席のライン上に乗っていた。どんなに角度のある左投手でもストライクにはならない「御法度」。球審を務める記者は自信を持って「ボール!」とコールした。
シート打撃が終わった後、佐伯と会話する機会があった。「見逃し三振する覚悟はありましたよ」と堂々と言う顔は、まるでプロ野球で10年生きてきたようだった。この時から佐伯は「見えている打者」として記者の心に刻まれた。
佐伯は打ちたがりの4番ではない。打つべき球を打つ4番。公式戦でも変わらぬ姿勢に正直、シビれた…。(アマチュア野球担当キャップ・柳内 遼平)