「偽物のドラマは、いらない」ドライバーとの“緊迫と信頼の接近戦”で魅了する、WEC映像クルーの仕事術

2024年10月10日(木)17時10分 AUTOSPORT web

 富士スピードウェイで行われたWEC世界耐久選手権が終わって約1カ月。最終戦は11月ということでしばらくインターバルもあり、待ち遠しく感じている方々もいらっしゃるのではないでしょうか。そんなファンの方々にオススメしたいのが、WECのオフィシャルYouTubeチャンネルで配信されている『FULL ACCESS(フル・アクセス)』というプログラム。


 レースの裏側をこれでもかと紹介するリアルストーリー番組なので、きっと熱心なファンの方ならすでにご存じでしょう。日本だと、以前に放送されていた『激走!GT』(後のSUPER GT+)に近いテイスト、でしょうか。ちなみにオートスポーツWEBのWEC担当ナカノは、このプログラムの大ファン&激推し中。そこで、今回は『FULL ACCESS』の裏側を紹介するために、番組ディレクターのセドリック・ヴェルクルーズさん(メイン写真右からふたり目)に富士でインタビューを敢行した。


■目指したのは『F1とはまったく異なるもの』


 この『FULL ACCESS』はシリーズ開始から数年が経つ。それ以前も予選や決勝などは、後から配信されていたが、いったいどういったきっかけで、この新たな番組が始まったのだろうか。そして、どんなコンセプトで映像作りをしているのだろうか。


「始まりは2018年のスパ戦の時。僕も含めたTVクルーはベルギー人だから、スパでグリッドやレース中の雰囲気を撮ろうということになって、その時は52分の番組を作ってTV放送したんだ」


「でも、2020年にCOVIDのパンデミックが来て。TV部門のボスとともに『僕らは何か新しいことを始めなきゃ』ということになり、FULL ACCESSの企画を提案した。僕らが目指したのは、ネットフリックスでやっている(F1の)『ドライブ・トゥ・サバイブ』とはまったく異なるもの。あれとは違うことをやろうというのが僕らのアイデアだった」


「つまり、ものすごく近くで撮影した事実だけを積み重ねて、レースの後に公開しようということだったんだ。それによって、WECのシリーズやル・マンの裏側で起きていることをファンに見せることができる。それはスパでの番組に着想を得ている。作っていて、とても興味深かったからね。その中でも、リアルな本物を目指した。あちらこちらで撮影して、一部分だけを切り取りして『作り物』にするのではなくてね。僕らがそれをやったら、すべてのチームがピットを閉ざすだろう。僕らは真実を語らなければならないし、その真実の部分を見せたいと思っているんだ。偽物のドラマはいらないんだよ」

83号車フェラーリ499Pのピットで、コクピットへと集音マイクを近づける音声クルー。マシンの反対側には、カメラを構えるクルーがいる(次の写真)。
フェラーリ499Pのコクピットにカメラを向ける撮影クルー


 そのコンセプトのもと、ヴェルクルーズさんたちは毎レース、ピットレーンやピットガレージ内など、さまざまな場所で繰り広げられる人間模様を撮影している。その映像はとてもバラエティに富んでいるが、撮影体制は意外や少数精鋭だ。


「ピットレーンにいるのは、カメラマンがふたりとサウンドエンジニアがひとり。それだけの人数で撮影している。サウンドエンジニアがいない方のカメラには、特別なマイクが内蔵されているんだ。おそらく来年はもうひとり、サウンドエンジニアを追加する予定だけどね。あとはTVの中継映像。EVS(スローモーション)、車載カメラの映像もある。レース中、僕はテキストメッセージで『今の2台のバトルの映像をキープして欲しい』という風に、車載カメラ担当のクルーに連絡するんだ。お願いした部分はすべて残しておいてもらって、後からFULL ACCESSを作る時に使うんだよ」


「ピットレーンにいる2台のカメラに関しては、僕と無線でやり取りをしている。何もない時は、ガレージの中でレースの展開を確認して、いざ誰かがピットに入ってくるとか何かが起こったという場合には、1台がピット作業をしている場所、もう1台は別の場所という風にリクエストをするんだ。たまに携帯を使う時もあるけど、基本は無線でやり取りをしている。また、レース後には、番組のナビゲーター役であるアンソニー・デビッドソンに30分間ぐらいインタビューをして、レースのポイントを聞いているんだ」


 膨大な映像のなかから実際に使用するシーンを選択し、番組を仕上げるのも大変な作業だが、ヴェルクルーズさんの頭の中では、現場でレースが進行しているなかでリアルタイムで編集作業も進んでいる。


「グリッドセレモニーからレースまで含めて、TVのライブフィードが7時間ぐらい。それに、車載カメラの映像が大量にあるけど、それに関しては6時間のレースの中で、いつ何が起こったかっていうのを把握しているからね。それに加えて、僕らのENGカメラの映像が3日間で20時間分ぐらいかな。僕はどんなシーンを撮影したのかすべて(リアルタイムで音声を)聞いているから、どの部分を使うかは頭の中に入っているし、レースの現場にはひとり、編集スタッフがいる。だから、たとえば予選が終わった後には、すぐに編集室に行って、いくつか使うシーンを選んでしまうんだ。グリッドの様子に関しても同じだね」


「そしてレースの後にはブリュッセルに戻って、3日間に渡って編集作業をし、1日かけて音入れをする。そして2日間使って英語とフランス語のテロップ入れをするんだ。日本語版もできればいいんだけどね(笑)」

たとえそれが走行前日であっても、それが他愛のない会話にしか見えなくても、彼らはカメラとマイクを向けることを怠らない。ネタはどこに転がっているか分からないのだ。


■激しい口論で“お蔵入り”も


 そうしてでき上がってくる番組内容だが、これがかなり突っ込んでいる。ピット内でドライバーが感情を露わにしているシーンをはじめ、日本人的には『そこまで映しちゃうの?』 という感覚を受けることもあるぐらい。しかし、そこにはメーカーやチーム、ドライバーたちとの『あ・うん』の呼吸があるのだそうだ。


「僕は2012年のセブリング(WEC初年度の開幕戦)からWECのTVの仕事をしているから多くの関係者を知っているけど、その経験から『(シャレにならないぐらい)緊張感がある場面』や『本当に深刻な場面』を使ってしまうと、次から彼らが決して喋らなくなるって分かっているんだ。それをやったらおしまいなんだよ」


「長くやって来た経験の中で、チームやドライバーからは信頼を得ていると思う。ものすごく緊張感が高まっていて、ドライバーがカメラの接近に対して『NO』と言った場合には、それ以上はプッシュしないし、ドライバーがリラックスするために離れるようにしているんだ」


「たとえば今年のCOTAのレース終盤、セバスチャン(・ブエミ)とケビン(・エストーレ)が激しいバトルになった。僕らのカメラマンのうちのひとりは、以前はトヨタのチーム映像を撮影していたんだ。そこで、彼がトヨタのピットでセバスチャンを待って、戻って来た彼を追って行って、黙ってヘルメットを脱ぐところを撮ったけど、そういう時には近づき過ぎないようにしている」


「またトヨタの7号車がドライブスルーを受けた時にも、ニック・デ・フリースの近くでカメラを回していたんだけど、その映像を使ってもいいかどうかと疑問に思う時には、広報に確認するようにしているんだ。『この映像は放送してもいい?』という風にね(※編註:このシーンはCOTA編で『ピー』音入りで放送された)。僕らはお互いに友好的な環境の中で仕事をしているし、ドライバーやチームがトラブルに決して巻き込まれないようにしている。実際、過去にはふたりのドライバーが激しい口論をしているシーンを撮影したこともあるんだけど、その場面は使わなかった」

富士の走行前日、ピットストッププラクティスを終えた直後のトヨタのニック・デ・フリース。このシーンは、富士編の映像のなかで実際に使われている。


■平川とクリステンセンの感動シーン


 撮影クルーがピットや控室の中まで入っていくことが当たり前になっているこの映像シリーズだが、「ピットの中まで入れるようになるというのは、少しずつの積み重ねだった」とヴェルクルーズさんは言う。


「カメラは問題ないんだけど、マイクがあることで少し勝手が違うんだ。2012年からドライバーの顔ぶれは変わったけど、多くのチームは入れ替わっていないよね。だからカメラはみんな気にしないんだけど、マイクに対しては抵抗感が強かった。誰も会話を止めたり、何かを隠そうとしたりということはなかったんだけど、技術面やチーム内での秘密など、センシティブな部分に関しては決して使わないようにしている」


「ドライバーが他の選手のことを悪く言っているシーンなども絶対に使わない。どうかなと思った時は、広報やドライバー本人に確認して、『いいよ』ということなら使うけどね。それに、WECサイドに対しても使っていかどうかと思うシーンに関しては確認して、“グリーンフラッグ”が出たら使うようにしているんだ」


 このように各方面に気を使いつつも、迫力ある映像や画面越しにレース関係者の感情が伝わってくる映像を見せてくれるFULL ACCESS。参戦ドライバーの中でも“撮れ高”があるのは、ポルシェのエストーレやアンドレ・ロッテラー、フェラーリのアレッサンドロ・ピエール・グイディ、キャデラックのアレックス・リン、そしてトヨタのブエミやデ・フリース、小林可夢偉らだという。さらには、アイアン・デイムスのサラ・ボビーやミシェル・ガッティンもいい被写体とのことで、実際にこれらのドライバーは“登場率”も高い。

緊張感高まるスターティング・グリッドも“撮れ高”が良好な場面のひとつ


 最後に、ヴェルクルーズさんがこれまで作ってきた何本もの番組の中でもっとも印象的なシーンを聞いてみた。


「2023年のル・マンだね。終盤、(平川)亮がスピンを喫して、フェラーリをかわせないままレースを終え、ひどくガッカリした様子で表彰台の裏に来たんだ」


「そこにグランドマーシャルを務めたトム・クリステンセンが近づいていって、『いかにル・マンがタフなレースなのか』ということを話して聞かせていた。あのシーンは感動的で素晴らしかったね。僕らベルギー人にとってもっとも親しみのあるドライバーといえばジャッキー・イクスだけど、彼はクリステンセンのとてもいい友人なんだ。だから、余計にグッとくるものがあった」


「僕らはシーズンの終わりに『アンマスク』という総集編の番組を作っていて、ドライバーたちにもそれを見てもらっているんだ。昨年、その時点で亮はそのシーンをまだ見ていなかったんだけど、見た後には目に涙が光っていたよ」


 富士戦に関しても、先日いよいよFULL ACCESSがアップロードされた。大乱戦となったレースの裏側では、どんなシーンが繰り広げられていたのか。取材クルーの奮闘から生まれた番組を、ぜひ堪能していただきたい。


■Porsche Does It Again in Japan I WEC Full Access (EN) I 2024 6 Hours of Fuji I FIA WEC


走行セッション以外でも、彼らは大忙し。これはピットウォークへと入場してくる観客の様子を撮影完了したところ。じつはこの直前に、この記事のメイン写真を撮影していたのでありました。


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