ウイスキーのトリビア 第8回 10連発!『アードベッグ』が紡ぐ驚きトリビア - 煙と神秘が彩る極上の一滴
2025年5月4日(日)17時0分 マイナビニュース
スコットランドはアイラ島——。この名前をウイスキー愛好家なら一度は耳にしたことがあるでしょう。アイラ島の南岸に、ひときわ強烈な個性を放つ蒸溜所があります。一度飲んだら忘れられない、パワフルなスモーキーさと、その奥に潜む複雑な甘みによって、世界中のファンを熱狂させてきた『アードベッグ』です。
緑色のボトルに独特の書体で刻まれたアードベッグの名前。グラスに注げば立ち昇る、焚き火や薬品を思わせるような独特の香り。アードベッグは、好き嫌いがはっきりと分かれるウイスキーかもしれません。その唯一無二の魅力に一度取り憑かれた者は、「アードベギャン」と呼ばれる熱心な信奉者となり、アードベッグを常に追い求めるようになります。かくいう筆者もアードベギャンです。
今回は、そんなアードベッグの、単なる「煙たいウイスキー」というイメージだけでは語り尽くせない、驚きと発見に満ちたトリビアをご紹介します。
■幾多の危機を乗り越えた、不死鳥のようなウイスキー
アードベッグ蒸溜所は、公式な記録においては1815年にジョン・マクドゥーガルによって設立とされていますが、密造酒時代にさかのぼる1798年ごろから同地で蒸溜活動があったとも。設立当初からマクドゥーガル家が運営し、アイラモルトの中でも特にピーティーでスモーキー、ヨード香や薬品香とも表現される独特かつ強烈な個性を持つウイスキーを生産していました。その個性はブレンデッドウイスキーのキーモルトとしても重宝され、評価を高めていったのです。
アードベッグの歴史は決して平坦なものではありませんでした。1970年代の後半、ウイスキー業界全体の不況の波を受け、生産調整することになります。そして1981年、やはり不況を背景に、アードベッグ蒸溜所は完全に閉鎖。そこから約8年間の長きにわたり、一切の生産が中止されるという危機的状況に陥ったのです。1989年に少量生産が再開されたものの、真の復活は1997年、グレンモーレンジィ社による買収まで待たなければなりませんでした。
こうした沈黙の時代を経て、アードベッグは見事に復活を遂げます。翌1998年には「蒸溜所オブ・ザ・イヤー」に選ばれるという劇的な返り咲きを果たしました。多くのウイスキーファンにとって、この復活劇は単なるビジネス上の出来事ではなく、愛するブランドの救済として深く心に刻まれています。この経験が、後のアードベッグと熱狂的ファンとの強い絆の礎となったのです。
【トリビア1】人類初! 宇宙に旅立ったウイスキー
2011年、アードベッグは人類史上初めて宇宙で熟成実験を行ったウイスキーブランドとなりました。NASA(アメリカ航空宇宙局)の協力のもと、蒸溜直後の原酒とオーク樽の小片が国際宇宙ステーション(ISS)へ送られ、約3年間、無重力状態で熟成されました。
2014年に地球へ帰還したサンプルは、「防腐剤やゴム、スモークフィッシュのような香り」を持ち、地上で熟成したものとは顕著に異なる味わいに仕上がっていたとのこと。この実験から、重力は風味を育てるために不可欠な力だということがわかったのです。
【トリビア2】驚異のファンクラブ「コミッティ」
アードベッグは世界でも珍しい、130カ国以上に18万人を超えるメンバーを持つウイスキーのファンクラブ「アードベッグ・コミッティ」を運営しています。2000年に設立されたアードベッグ・コミッティの合言葉は「蒸溜所の扉を二度と閉ざさない」——。
会費は無料ながら、コミッティメンバーだけが購入できる限定ボトルが年に複数回発売され、その多くは発売と同時に完売してしまうほどの人気です。熱狂的なファンは「アードベギャン」と呼ばれ、彼らの存在がブランドの力強い支えとなっています。
【トリビア3】神秘の湖水が生み出す独自の風味
アードベッグが使用する水源は、蒸溜所の後ろにある丘を約5km上がったところにある「ウーガダール湖」です。ゲール語で「暗く神秘的な場所」という意味で、泥炭層を通過することで黒っぽい見た目の水になっている点が特徴です。ピート特有の風味を持ち、アードベッグの個性に大きく貢献しています。
【トリビア4】26億円の樽! 史上最高額の取り引き
2022年、アードベッグがリリースした最古のカスク「アードベッグ カスク No. 3」が、1,600万ポンド(約26億円)で売却されました。これはウイスキーの樽としては史上最高額での取り引きとなり、アードベッグの希少性と価値を象徴する出来事となりました。1975年に蒸溜された特別な樽は、最終的には50年熟成のボトルも生まれる予定という唯一無二のコレクション。飲んでみたいですね。
【トリビア5】100年間使われ続ける粉砕機
アードベッグが使っている粉砕機(グリストミル)は、1921年に設置されて以来、約100年間にもわたって使用され続けている古き良き機械です。ロバート・ボビー社製の2段式ローラーミルは、世界最古のウイスキー製造機器のひとつと言われています。この古い機械も、アードベッグ特有の風味を生み出す一因になっていると考えられており、伝統を重んじるウイスキー造りを象徴しています。
【トリビア6】芳醇な味の秘密「ピュリファイアー」
アードベッグの蒸溜器には特別な「ピュリファイアー(精留器)」が使用されています。これは他のアイラ島の蒸溜所にはない独自の設備。スピリッツをよりピュアにし、望ましい香味成分を選択的に凝縮するフィルターのような働きをします。
ピュリファイアーの存在こそが、アードベッグの味わいの鍵を握っています。強烈なピートスモークというヘビーな要素を持ちながらも、柑橘系やハーブ、甘いフルーツのようなニュアンスを獲得する秘密なのです。
ちなみに、2023年のアードベッグ・デーを祝した限定ボトル「アードベッグ ヘビー・ヴェーパー」はあえて「ピュリファイアーパイプ」を使わずにフィニッシュさせていることが特徴です。ビターで美味しかったのですが、アードベッグらしさはあまりありませんでした。
【トリビア7】12基すべて木製の発酵槽
多くの現代的な蒸溜所がステンレス製の発酵槽を使用する中、アードベッグは12基すべてがアメリカ松(オレゴンパイン)で作られた木製の発酵槽を使っています。木材には蒸溜所特有の酵母や乳酸菌が住み着き、独自の風味をもたらします。また、l木製の発酵槽は保温効果が高く、甘いエステル香の風味を与えるという利点もあり、アードベッグ独自の味わいに貢献しています。
【トリビア8】「ノンチルフィルタード」のこだわり
アードベッグは「ノンチルフィルタード」製法を積極的に採用している蒸溜所のひとつです。「チルフィルター(冷却濾過)」とは、ウイスキーを瓶詰めする前に冷却し、温度が下がったり加水したりするときにお酒が白く濁る原因となる成分をフィルターで取り除く工程です。アードベッグはこの工程をあえて行わず、樽熟成によって育まれたウイスキーの持つ複雑な風味や香りの成分、そしてクリーミーな質感を最大限に保持し、より「ありのまま」の味わいを届けようとしています。
ノンチルフィルターの効果は家庭でも手軽に実験できます。まず「アードベッグ10年」を2本購入し、両方とも冷凍庫に入れます。翌日、片方だけをコーヒーフィルターで濾(こ)、常温に戻してから飲み比べてみてください。明らかに、フィルタリングしたほうは味わいが軽くなっています。
【トリビア9】世界同時乾杯! アードベッグ・デー
毎年の5月末から6月初旬にかけて、アイラ島では「アイラ・フェスティバル・オブ・ミュージック&モルト」というお祭りが開催されます。その中で「アードベッグ・デー」と呼ばれる特別な日があり、世界中のアードベッグファンが同時にアードベッグで乾杯するという壮大なイベントが行われるのです。毎年ユニークなテーマが設定され、それに合わせた特別な限定ボトルもリリース。遠く離れたファン同士が、同じウイスキーを飲みながらつながるという、すばらしい取り組みとなっています。
【トリビア10】2025年オープン予定の蒸溜所直営ホテル
アードベッグは2025年秋、アイラ島のポートエレンに「Ardbeg House」という名の蒸溜所直営ホテルをオープンする予定です。アードベッグのイメージカラーであるグリーンのトーンで彩った12室の客室が用意されています。蒸溜所の世界観そのものにひたれる宿泊体験が提供され、宿泊料金は約4万3,000円〜8万円の予想。本格的なウイスキーツーリズムの象徴的な施設となることでしょう。
■基本にして究極「アードベッグ10年」の楽しみ方
アードベッグの代表的な銘柄といえば、まず挙げられるのが「アードベッグ 10年」です。この定番ボトルは、ジム・マーレイの「ウイスキー・バイブル」で2008年に「ワールド・ウイスキー・オブ・ザ・イヤー」を獲得するなど、世界的な評価を受けています。煙と海の香りに、レモンやライムのような柑橘系の爽やかさ、バニラの甘みが重なる複雑な風味が特徴です。アードベッグの魅力を知るための最適な1本といえるでしょう。
楽しみ方は様々です。強烈なピート香からストレートで飲むべきと思われがちですが、実はハイボールにするとスモークが控えめになり、レモンのような爽やかな柑橘系の風味が際立ちます。これは上記のトリビア6で紹介したピュリファイアーのおかげ。水で割ることによって、隠れていたフルーティーな風味が解放されるのです。こうした特徴から、アードベッグ10年は色々なカクテルの材料としても使われます。
アードベッグは多彩な特別ボトルをリリースすることでも有名です。特に、古いアードベッグは最高に美味しいので、見かけたらぜひチャレンジしてください。筆者がアードベッグの中で最高に感動したのは、「Ardbeg Provenance 1974 Limited Edition」です。
アードベッグは単なるウイスキーを超え、科学実験や芸術、カルチャーと融合した複合的なブランドへと進化しています。200年を超える歴史の中で幾度となく存続の危機を乗り越え、常に革新を続ける姿勢は、まさに不死鳥のウイスキーの名にふさわしいでしょう。ぜひこれらのトリビアを頭に入れて、アードベッグを味わってみてください。
柳谷智宣 やなぎや とものり 1972年12月生まれ。1998年からITライターとして活動しており、ガジェットからエンタープライズ向けのプロダクトまで幅広い領域で執筆する。近年は、メタバース、AI領域を追いかけていたが、2022年末からは生成AIに夢中になっている。 他に、2018年からNPO法人デジタルリテラシー向上機構(DLIS)を設立し、ネット詐欺の被害をなくすために活動中。また、お酒が趣味で2012年に原価BARを共同創業。 この著者の記事一覧はこちら