「子供との身体接触は禁止なのに」ずっと肩車をやめない職員も…理事長が明かす“問題山積み”の児童養護施設のリアル
2025年5月11日(日)12時0分 文春オンライン
〈 「英語を話せなきゃダメ」「テストで良い成績をとれ」は虐待にあたる? 児童福祉施設を運営する理事長が語る、子供を苦しめる“親のエゴ” 〉から続く
虐待や育児放棄(ネグレクト)など子供たちを取り巻く過酷な現実を描いたコミック『 それでも、親を愛する子供たち 』の原作者、押川剛さん。舞台となる児童養護施設には根深い問題があると語る。児童養護施設に潜む闇とは。押川さんの夢についても聞いた。(全3回の3回目/ 最初から読む )

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「子供を食い物にして私腹を肥やすなど言語道断」
──押川さんは現在、児童養護施設を運営する社会福祉法人で理事長もされています。お忙しい押川さんが、なぜ理事長も務めることになったのですか?
押川剛さん(以下、押川) 2023年にある社会福祉法人の理事に就任したのですが、児童養護施設の運営には莫大な公金が降りているため、あまりにも私利私欲しか頭にない人間の多さに辟易したからです。
児童養護施設は慢性的な人手不足が続いています。一方で、キャリアや勤続年数が長い職員を配置することで、加算が付いて公金(措置費)も増える仕組みになっているので、施設側は職員に少しでも長く働いてもらおうと、子供との関係性や行事予定などはおかまいなしに、職員の都合優先のシフトが組まれていました。
また、職員を不正に配置して措置費を請求する、購入していない設備品を申請して助成金を得るといった行為も発覚しています。施設の新築移転に使われた巨額の公金にも不正や不適切な流用があり、挙げればキリがありません。今は証拠を精査し、関係各所に相談しながら、民事・刑事訴訟の手続きをとっているところです。
自己都合や私利私欲のかたまりのような親に育てられてきた子供を、食い物にして私腹を肥やしたり、好き勝手にふるまったりするなど、言語道断です。理事としてこうした状態を徹底的に正していくうち、前理事長を始め複数の役員が辞任もしくは解任されました。誰がこの不正の尻拭いをするのか、となったときに、周囲から「押川がやるしかないだろう」と推挙され、2024年8月に社会福祉法人の理事長に就任しました。

──民間企業でも「働き方改革」に悩む企業は多いですが、人間相手の仕事は難しく責任も重い。なり手も少ないのではないでしょうか。
押川 児童養護施設に限らず、児童福祉の分野では慢性的な人手不足が課題となっていますが、だからといって自己本位で偏った考え方の職員は、子供にとって悪影響でしかありません。
例えば今は子供のプライベートゾーンを守るために、職員による肩車など過度な身体接触は厳禁とされています。表にはあまり出ませんが、児童養護施設は小児性愛者が紛れ込みやすい職場でもあるのです。しかし中には、「肩車ができないなんて、子供と触れあえない」と頑なに考えを変えない職員もいました。この職員は元警察官でしたが、子供に体操をさせるんだと私的に体操器具を持ち込んでもいました。相手が「子供」となると、ここまで好き勝手にできてしまうのです。
他にも「子供がそうしたいと言っているから」という理屈で私的に物を買い与えたり、未成年者がタバコを吸っても注意しなかったり、そのような職員の関わりが横行していたのです。
私が「子供のためにならない職員は、うちの施設には必要ない」と厳しく注意したところ、「理事長からパワハラを受けた」「ベテラン職員の加算がなくなれば、園の収入が減りますよ」などと捨て台詞を吐いて3分の1が辞めていきました。
今は児童養護施設も小規模化やファミリーホームなどの地域分散化が主流となっています。これは地域の力を借りて家庭的養護を実現しようという国の苦肉の策でもあります。当法人も普通の住宅街のなかに地域小規模児童養護施設を運営していますが、近隣のおじいちゃんおばあちゃんが子供たちに畑で取れた果物や野菜を届けてくださるなど、交流が生まれています。
さらに、「子供同士が公園でケンカしていた」と教えてもらえるなど、職員の目が届かない部分をフォローしてもらえることもあります。こうしたことは地域移行の利点だと思っています。
告発したら「あまりいじめないでくださいよ」と…
──あたりまえですが、職員の数ではなく、質が重要なのですね。
押川 子供の問題行動ほど、大人の人間力が問われるものはないので、児童養護施設は、「人間」そのものが問われる場所だといえます。
北九州市の児童養護施設は、先述したような子供への対応や職員の私利私欲を満たす行為が常態化していて、私は北九州市児童養護施設協議会(北養協)にも問題提起してきました。しかし一向に改善されないので、福岡県の児童養護施設協議会(県養協)の施設長会議で発表して協力要請を求めたところ、「大問題だ」となり、ようやく事態改善に向けて動き始めました。
さらに『それでも、親を愛する子供たち』のあとがきでも告発をしたところ、北養協の会長から「押川さん、あまり自分たちをいじめないでくださいよ」と言われてしまいました。漫画は一般の方に広く児童養護施設の実態を伝える効果がありましたが、業界の人間にとっては、この「あとがき」が絶大な効果を発揮しています。今や全国の児童養護施設が、あとがきに関心を寄せているとも聞きました。特に当該当局は「次は何を書かれるのか」と戦々恐々としているようです。
──漫画もあとがきも、すべて事実に基づいている。だから、ここまでの反響があるのですよね。
押川 そうですね。私たちは、『「子供を殺してください」という親たち』でも、『それでも、親を愛する子供たち』でも、実態を真摯に描きだすことをいちばん大事にしています。個人情報には十分に配慮しつつも、「漫画だから」と誇張したり、嘘を描いたりはしていません。

さらに言うなら、エピソードの元となる事例だけでなく、それに付随する社会問題や法制度といったところにまで踏み込んで描いている。だからこそ真実の重みが増し、価値があると思っています。
先ほども申し上げた通り、私たちが描いているのは事実に基づいた事例です。真実を漫画で訴えることで、膠着していた事態が動いていくのを感じています。
連載を始める前から覚悟していたことではありますが、ここまで社会に影響を及ぼす存在になった以上、これまで以上に命がけで戦うつもりです。3巻まではこれでも比較的軽いケースを選んで漫画化していますが、これからはもっと重いケースもどんどん登場します。業界にとっても、一般の方にとっても「恐怖の漫画」になってくると思います。
「汚い金」を与えられた子供は幸せなのか?
──3巻では「伊達直人」による寄付の話や、寄付されたものをフリマアプリで売ってしまう習慣など、児童養護施設のお金の問題についても触れていました。
押川 児童養護施設には、物品から現金までさまざまな寄付が届きます。漫画では、寄贈された物品をフリマアプリで売る場面や、徳川園長の父親の「汚い金も子供のために使えばきれいな金になる」というセリフも登場しますが、これらはすべて実際に私が見聞きした事実に基づいています。

彼らの言うことにも一理あるのかもしれませんが、私には誰かを苦しめて得たような「汚い金」を与えられた子供が本当に幸せだとは、どうしても思えません。
また、使い切れないほどの物品や不要な寄付品を仮にお金に換えるのであれば、自分たちの施設運営のためだけに使うのではなく、5歳から15歳までの子供の精神疾患や発達障害などを扱う児童精神科医の育成や、児童精神科専門病棟の設置に使ってほしいと思っています。日本には児童精神科医が少なすぎます。お金をかけるなら、彼らの育成のために使うべきだと私は思うのです。
──児童精神科医はどれくらい不足しているのですか?
押川 児童精神科医は、2025年4月1日現在759名しかいません。地域格差も大きく、とくに地方では深刻な人材不足が続いています。
北九州市は政令指定都市でありながら、正規の児童精神科医がひとりもいないので、専門医の診察を受けたいと思ったら、わざわざ久留米市まで診察に行かなければいけない状況になっています。
児童養護施設に携わるようになって実感したことですが、この分野も既得権益や利権がはびこっています。しかも運営側が「子供のため」を常套句としてふりかざすので、誰もメスを入れてきませんでした。しかし時代は変わっています。業界団体が一丸となってより適正な運営を目指すことで、児童精神科医の育成など、真の意味で「子供のため」といえる仕組みをつくれるはずです。

まずは北九州市に児童精神科専門の診療所をつくることが、今の私の目標です。子供を救うところから北九州市をよくしていけば、日本の児童福祉分野の健やかな成長にもつながるはずです。そのために、これからも漫画での発信を続けていきます。どうかみなさん、応援してください。
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(相澤 洋美)
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