フェザー級の米逸材に訊いた「井上尚弥」 誰もが“打倒”を謳うモンスターとの近未来を「集中すべきではない」と語る理由【現地発】

2024年12月1日(日)7時0分 ココカラネクスト

フェザー級でトップクラスの実績を残しているキャリントン。一大興行参戦後に話を訊いた。(C)Daisuke Sugiura

タイソンに望まれた異色興行への参戦

「もっといい戦いができたのかもしれないけど、最終的にはハイライトも作れた。ファンにいいショウをお見せできたのはよかったと思う」

 27歳の若者は終始、笑顔を浮かべながらそう述べた。その表情は爽やかで、無敗のトッププロスペクトが思い描く明るい未来が透けて見えてくるかのようだった。

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 ボクシングのフェザー級の逸材ブルース・“シュシュ”・キャリントン(米国)は11月15日にテキサス州アーリントンのAT&Tスタジアムで行われたダナ・クールウェル(豪州)との8回戦に判定勝ち。KOこそ逃したものの、2度のダウンを奪っての快勝で、デビュー以来の連勝を14(8KO)に伸ばした。

 この興行のメインイベントは、マイク・タイソン対ジェイク・ポール(ともに米国)という異色のカード。58歳の元世界ヘビー級王者がリングに復帰し、物議を醸した一戦だ。タイソンと同じブルックリンのブラウンズビル出身のキャリントンにとっても、このビッグイベントのリングに立った経験は大きな意味があったようである。

「この興行への出場を望まれたことにはとてつもなく大きな意味がある。マイク・タイソンが、自ら私のチームに出場を打診してくれたんだから。それだけでも光栄なこと。友人になり、彼の家にも招待された。すごい経験だったし、幸運だと感じているよ」

 賛否両論あった。とはいえ、7万人以上の大観衆を集めたタイソン対ポール戦は間違いなく2024年のボクシング界で最大の興行だった。そのアンダーカードに起用されたのは、単にタイソンの希望だったからではない。

 キャリントンは、直近12か月間で5戦全勝(3KO)。ハイレベルなパフォーマンスを可能にする身体能力と小気味いい連打を武器に勝ち続ける黒人ボクサーの実力と、そのスター性が高く評価されたからに違いない。

“シュシュ”・キャリントンと聞いてピンと来たボクシング・ファンは日本にも少なくないのではないか。今年6月に井上尚弥が足を運んだニューヨークでの興行で彼はブライアン・デ・ガルシアに8回TKO勝ち。試合後にリング上からお辞儀し、井上が手を振って応えたシーンはアメリカでもSNSで拡散された。

「井上が観に来てくれたことは本当にクールなことだった。まだ14戦を戦っただけなのに、僕の名前を知ってくれている人が日本にもいる。自分が正しいことをやっている証なのだろう。今後、もっと大きなことができればと願っているよ」

 近年、“モンスター”は、米ボクシング界でも文句なしのビッグネームとなった。だが、米国を拠点として活躍する選手の中に対戦相手候補が乏しいのが残念なところではある。そんな中で、キャリントンは近未来に「候補者」として浮上する可能性を持った数少ない一人に違いない。

軽量階級では誰もが「打倒」を打ち出す井上。キャリントンも当然のように対戦が囁かれている。(C)Takamoto TOKUHARA/CoCoKARAnext

井上はそれほど遠くないうちにフェザー級に

 もちろん、あまり先走るべきではないのは事実である。現在27歳のキャリントンは世界タイトルへの挑戦経験すらなく、いわば“まだまだこれから”という選手。9月には曲者のスライマン・セガワ(ウガンダ)に苦戦し、2-0の判定勝ちでなんとか生き残った試合も見せた。

 6月の件に関しても、井上が「わざわざキャリントンの試合を観に行った」というより、全米ボクシング記者協会の表彰式出席のためにニューヨークに滞在中に顔を出した興行のメインが彼だったという方が適切。実力的にも、全世界最高級の選手と認められるようになった井上と比べる段階ではないというのが正直なところではある。

 ただ、期待したくなるのは、周囲がすぐに“イノウエ”の名を出したがる中で、キャリントン自身に気負いが感じられないことだ。2014年に兄が銃殺されるという悲劇を経験したこともあってか、成熟を感じさせるブルックリナイト(ブルックリン出身者の愛称)は、しっかりと目の前だけを見据えている。

「(井上戦は)いずれ実現できたらもちろんうれしく思う。ただ、今、フォーカスすべきはそこではない。現在の目標はフェザー級王者になること。僕はWBC 1位、WBA、WBO2位まで来たのだから、同階級の王者たちに照準を定めている。井上戦をいつか挙行できたらすごいことだけど、その前にやらなければいけないことがある」

 まずは来年、世界初挑戦を実現させるのが、キャリントンの現実的な目標となるのだろう。WBO王者ラファエル・エスピノサ、IBF王者アンジェロ・レオは、キャリントンも契約するボブ・アラム氏が率いる米興行大手『TOP Rank』と関係の深い選手たちでもある。ゆえにタイトルマッチへのカウントダウンは始まっているといっていい。そこで力を示すことができれば、その先には、より重要な試合が見えてくるはずだ。

 本人の言葉通り、現状では井上戦は余りにも時期尚早。その一方で、キャリントンは「フェザー級で統一王者になりたい。まだまだ長い時間が必要だと思う。それを成し遂げるまではここにいるよ」と述べている。それと同時に、スーパーバンタム級でも4冠を統一した井上はそれほど遠くないうちにフェザー級に上がってくるのだろう。だとすれば、キャリントンが目論み通りに世界王者になったその時には……。

 いつか“シュシュ”の井上挑戦が実現したら、その時にタイソンがリングサイドに現れても驚くべきでない。まだ気は早くとも、そんな楽しみな未来を想像できる選手が“世界の首都”ニューヨークから現れたことを、ボクシング・ファンは喜ぶべきなのだろう。

[取材・文:杉浦大介]

ココカラネクスト

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