マヂカルラブリーは漫才じゃない? 元放送作家・浜口倫太郎×お笑い評論家ラリー遠田が語る「勝つ漫才師」の特徴とは?
2021年7月19日(月)12時0分 tocana
『22年目の告白-私が殺人犯です-』『AI崩壊』などの作品で知られる作家の浜口倫太郎氏の最新作『ワラグル』(小学館)が7月14日に刊行される。
この作品の舞台はお笑い業界。『KING OF MANZAI(KOM)』という漫才の大会に挑む若手芸人たちの苦闘を描いている。浜口氏はもともと大阪で放送作家として活動しており、数々の番組を手がけてきた。その経験を生かしたリアリティのある描写が楽しめる作品となっている。『ワラグル』の刊行を記念して、浜口氏とお笑い評論家のラリー遠田の対談が行われた。ラリーは浜口氏とは以前から交流があり、普段からお笑い談義をしているという。
第3回では、いまや国民的行事となった『M-1』と浜口氏の意外な接点が明かされた。
ラリー:『ワラグル』に出てくる「KOM」という漫才の大会は『M-1グランプリ』をモデルにしていますよね。おそらく誰が読んでも、これは『M-1』を下敷きにしているとわかると思うんです。そのぐらい『M-1』って圧倒的な認知度があるし、世間に与えたインパクトも大きいですよね。
浜口:そもそも、僕が放送作家になったきっかけが『M-1』だったんです。『M-1』が始まったときに吉本興業のお偉いさんが若手の漫才作家を集めて「M-1プロジェクト」みたいなものを始めたんです。そこに選ばれたことから放送作家人生がスタートしているんです。
ラリー:ちょうどその時期に吉本が漫才に力を入れ出したということですか?
浜口:そう、若手の漫才作家をもっと育てて、漫才に力を入れようみたいな感じで、放送作家志望の人間の中から選んでもらって、漫才台本を書き出したんです。
ラリー:浜口さんの放送作家としてのキャリアはまさに『M-1』と共に始まったわけですね。
浜口:そうなんです。基本的に漫才作家ってもっとベテランの方がやるものなので、僕の年代で漫才作家やってる人間ってまずいないって思うんですよ。まあ、漫才作家は1年半ぐらいしかやっていないので、自分から言うのもおこがましいですけど。
ラリー:でも、結構ベテランの方のネタも書いていたんですよね。
浜口:書いてました。最初の仕事は大木こだま・ひびきさんのネタを書くことでした。喫茶店で、目の前でこだまさんとひびきさんが僕の台本を読み合わせするんですよ。めっちゃ感動しましたね。
ただ、自分では面白いと思うネタがダメだと言われたり、そんなに面白くないと思っていたネタが面白いと言われたりして、その違いがよくわからなかったんです。そこで、当時、演芸ライブラリーっていうのがあって。
ラリー:ワッハ上方(大阪府立上方演芸資料館)ですよね。
浜口:そうそう、そこで昔の漫才の映像が無料で見られたんです。当時はまだYouTubeがなかったので、そういうところじゃないと昔のネタが見られなかったんですね。
だから、そこにずっとこもりっきりになって、中田ダイマル・ラケットとか昔の漫才の映像を片っ端から見てました。受験勉強みたいにネタを書き写したりして。
ラリー:それでだんだんコツがわかってくるものなんですか?
浜口:そうですね、こういうところで笑いが起きるんやな、みたいなのはわかるようになってきました。
ラリー:『M-1』の話に戻りますけど、『M-1』って芸人にとっても格が違う大会というイメージがあって。『M-1』で活躍することで一気に売れたり、もともと売れてる人でもさらに格が上がる、みたいなことがありますよね。かまいたちは『キングオブコント』で優勝していたし、『M-1』でも連続で決勝に行った実績はあったんです。でも、2019年の『M-1』で準優勝したときに、一気にガーンと格が上がった気がするんですよ。
浜口:格が上がりましたね。だから、今は『キングオブコント』とどっちも取らないとダメみたいな感じになってますよね。
ラリー:世間的にも『M-1』ってもはや国民的行事というか、ワールドカップぐらいの感じですよね。
浜口:そのレベルになってきましたよね。スポーツ以外であれだけみんなが盛り上がれるコンテンツってないんじゃないかな、と思うぐらい。
ラリー:普段お笑いをそこまで見ていない人でも『M-1』だけは見るじゃないですか。そこがすごいですよね。見るだけじゃなくて、見た上でお笑いを語るじゃないですか。その感じがすごくいい。
浜口:あれ、面白いですよね。優勝したマヂカルラブリーの漫才論争とかもありましたよね。
ラリー:マヂカルラブリーは優勝したのに、見た人の中には「あれは漫才ではない」と不満を持つ人が続出したんですよね。
浜口:あんなことが起こるんや、っていうことに新鮮さを覚えてるというか、漫才論争っていう言葉が出ること自体にちょっとびっくりしました。
ラリー:お笑い好きとして普通に考えたら、プロが審査する『M-1』で優勝したものが漫才じゃないなんてありえないじゃないですか。でも、普段あんまり漫才を見ていない人の中には、そういう感じ方をする人もいるんだな、って。逆に新鮮でしたよね。
浜口:あと、やっぱり世間では漫才って言葉の芸だと思われてるんやな、と思いました。どっちかと言うと、今は若手の方が動きのネタをやっているじゃないですか。しゃべりの技術だと先輩芸人にはかなわない、みたいな風潮があって。
霜降り明星が動きを入れたネタで優勝したあたりから、動きの漫才が勝つための武器だという感じになってきたのかな、と思いました。
ラリー:なるほど、それがあってのマヂラブ優勝だったと。でも、しゃべくりこそが漫才の王道だっていうのは、歴史的にはあとからできたイメージですよね。漫才のルーツは楽器を使ってはやし立てるような音曲漫才ですから。漫才の型ってもともと自由で、むしろ、すゑひろがりずがやっているようなことがもともとの漫才に近いんですよね。
浜口:本当にそうなんですよ。中田ダイマル・ラケットさんのボクシング漫才とか知らないのかな、と思いますね。ボクシングの格好をして、2人で殴り合ってましたからね。
ラリー:もともとは何でもありだったものが、むしろ『M-1』ができたことによって様式化したというか、暗黙のルールができてきたみたいなところもあるのかなと。
浜口:競技化したことで、それ以外のものがなくなっていったということはあるかもしれないです。
ラリー:最近の芸人で言うと、コウテイも動きの笑いが多い芸人ですよね。『ワラグル』の中でもコウテイっぽい芸人が出てきますね。
浜口:コウテイもそうなんですけど、いい芸人はシルエットがいいんですよ。長身でスラッとした細長いやつと、横に大きいずんぐりむっくりのやつが並んでいる。小説の中で衣装のことも書きましたけど、やっぱり芸人って見た目がすごく大事なので、2人のシルエットがいい漫才師っていいなと思いますね。
ラリー:芸人の衣装とか髪型とか体形とかの見た目ってものすごく重要ですよね。
浜口:バイク川崎バイクの単独ライブで、自分がどうやって今の「BKB」になっていったのか、っていうのをやっていたんですよ。それを見ていると、衣装がちょっとずつ変わっていくんですよね。だんだん完成形に近づいていく感じがめっちゃ面白くて。
ラリー:ZAZYさんも、そうやってちょっとずつ変わっていって今の「ZAZY」になったらしいですね。ZAZYっていう芸名が最初にあって、ZAZYっぽさって何だろうっていうことで、試行錯誤してあそこにたどり着いたんです。
たぶん、ゲームのアバターみたいに、初期状態からいろんなパーツをはめていって、あの状態になったときに「これだ!」みたいになるんでしょうね。これも結局、本人のニン(個性、人間性)と見た目がピタッと合ったときに一番気持ちいいんでしょうね。
浜口:特にピン芸人って、1人でやるからそこがすごく重要なんですよね。僕も昔、お笑いのイベントの審査とかやってましたけど、まず衣装は見てましたね。そこから考えられているかどうかっていうのが大事だから。
ラリー:ただ、衣装の良し悪しってある程度はかけたお金に比例するじゃないですか。だから、まだ稼げていない芸人がいい衣装を着るのって難しいかもしれないんですけど、そこを何とかがんばって、芸のために高いスーツを買えるかどうか、っていうのがあるんですよね。
浜口:「衣装に金かけろ」っていうのは昔から言われてますけど、やっぱり間違ってないというか、昔から伝わってることには重みがあるんだなと思いますね。