日本を代表するギターメーカー・フェルナンデス、布袋、hideら日本のロックシーンを支えたシグネチャーモデルの軌跡

2024年8月16日(金)6時0分 JBpress

(冬将軍:音楽ライター)

90年代から現在までの、さまざまなヴィジュアル系アーティストにスポットを当て、その魅力やそこに纏わるエピソードを紹介していくコラム。今回はバンドではなく、日本を代表するギターメーカー、フェルナンデスについて。日本のロックシーンと切り離せないフェルナンデスとアーティストモデルについて紐解く。(JBpress)


日本のロックシーンの発展とともにあったフェルナンデス

 日本を代表するギターメーカー、フェルナンデス(株式会社フェルナンデス)が2024年7月11日までに事業を停止、自己破産手続開始の申立を行う予定であることを発表。このニュースは多くのギター愛好家と様々なアーティストに衝撃が走った。

 布袋寅泰、hide、BUCK-TICK……フェルナンデスと聞いて多くの人が思い浮かべるのは、奇抜で個性的なアーティストシグネチャーモデルではないだろうか。フェルナンデスのアーティストシグネチャーのギター&ベースを見れば、そのアーティストの姿が思い浮かぶ。それほどにシグネチャーモデルはアーティストを象徴するアイコンと呼べるべきものだ。

 フェルナンデスのアーティストシグネチャーは日本のロックシーンの発展と共にあったと言っていい。特に80年代後半のバンドブームから90年代のヴィジュアル系ブームにかけては、まさにアーティストシグネチャーブームでもあり、その中心にあったのがフェルナンデスだった。少年少女たちがギター&ベースを手にするきっかけになったのはもちろんのこと、楽器を弾かない音楽ファンであっても、輸入車カタログのようなフェルナンデスの超豪華なレコードジャケットサイズカタログをこぞって手に入れて眺めていたほどである。

 私自身がフェルナンデスに憧れた世代であるし、フェルナンデスの絶頂期というべき90年代後半は楽器店に勤務していた。当時、何本のフェルナンデスギターを販売しただろうか……。今回はそんな一時代を築き上げたフェルナンデスのアーティストシグネチャーモデルをヴィジュアル系シーンに特化する形で振り返ってみたい。 


アーティストモデルの先駆け、布袋モデル

 フェルナンデスのアーティストシグネチャーで代表的なものといえば幾何学模様が印象的な布袋寅泰モデル、“TE-HT”だ。

“僕のギタリストとしての歴史に欠かせない布袋モデルは、コンコルドヘッドにEMGのピックアップと手描きの幾何学模様ペイントという、それまでのテレキャスターのイメージを一新する斬新な発想のもと、1985年にフェルナンデスの協力のもと誕生しました”

——布袋寅泰 Official Xより

 布袋本人がそう語るように、オーセンティックなテレキャスターにメタルギターのイメージの強いコンコルドヘッド、そしてローノイズが売りであったEMGアクティヴピックアップという組み合わせは当時斬新なものであり、ニューウェイヴな雰囲気を漂わせていた。

 そして、BOØWYブレイクと共にこのギターも一気に知れ渡り、幾何学模様がペイントされていないモデル“TEJ”は人気機種となった。シグネチャーとしてのバリエーションも多岐にわたり、白はBUCK-TICKの星野英彦モデル、赤はGLAYのTAKUROモデル(未発売)……など、愛用ギタリストも多かった。

“TEJ”を含んだ“TE”シリーズは派生モデルも多く出ている。代表的なものはD’ERLANGERのCIPHERモデル“TE-C”だろう。“TEJ”よりもヘッド形状とネック、ピックアップとブリッジ周りをトラッドなテレキャスターに近づけながら、ボディの木目が浮き立つシースルーパープルのカラーリングが美しい人気モデルだ。

 cali≠gariの桜井青が長年メインで使用しているのはこのCIPHERモデルのプロトタイプであると言われているし、CIPHERのファンであったJUDY AND MARYのTAKUYAは、同モデルの色違いを使用するなど、幅広く受け入れられたモデルである。

 こうして、布袋が確立したテレキャスターシェイプにEMGピックアップという仕様は、シンプルながらもスタイリッシュなルックスとシャープなサウンドを持ち、多くのギタリストに影響を及ぼしている。ZI:KILLのKEN、DIR EN GREYのDIEなど、他メーカーでもフェルナンデスTEからインスパイアされたシグネチャーモデルを使用するギタリストも数多くいた。


HR/HMとヴィジュアル系における変形ギターあれこれ

 対照的にメタルシーンでは、ジャパメタブームを受けて1984年に発売されたVシェイプの“BSV“が有名だ。HR/HMの代表格であるVシェイプのギターだが、“BSV“は日本人に合わせて一般的なVシェイプギターより一回りダウンサイジングされている。

 44MAGNUMのギタリスト、 広瀬“JIMMY”さとしが愛用した白いボディにゴールドパーツの“BSV“通称“JIMMY V”はメタルキッズの憧れだった。黒夢のギタリストだった、臣(鈴木新)は他メーカーを使用していたが、フェルナンデスのモニターとなり、“JIMMY V”インスパイアの自身のシグネチャー“FV-K”を完成させている。

 また、44MAGNUMのローディーだったCIPHERこと、瀧川一郎は、JIMMYが44MAGNUM後期から解散後に使用していた“M”モデルを本人承諾のもとに引き継ぎ、BODY結成時にメインギターとした。またその後、CRAZE時代に“M”の特徴的な尖ったヘッド形状を自身のシグネチャー“RE”に投影し、それは今でもCIPHER、瀧川一郎を象徴するものになっている。

 個性的なオリジナルシェイプのシグネチャーといえば、BUCK-TICKモデルだろう。1989年12月の東京ドーム公演『バクチク現象』で登場した、通称“マイマイ”と呼ばれる今井寿モデル“BT-MM”、通称“クワガタ”と呼ばれる星野英彦モデル“BT-HH”のインパクトは凄まじかった。

 特にマイマイが持っていた中世ヨーロッパを想起させる独創的なデザインがもたらした雰囲気がヴィジュアル系ギタリストに広く受け入れられ、同モデルにインスパイアされたであろうシグネチャーモデルはメーカー問わず数多く存在している。

 これまで変形ギターといえば、先述のVシェイプといった、メタルギタリストが愛用する鋭角的なデザインが主流ではあったが、ヴィジュアル系においてはマイマイ登場以降、丸みを帯びたデザインが増えていることは興味深い。

 その後も今井はアバンギャルドなプレイに対応するようにギターシンセやLEDライト、さらにテルミンをギターに内蔵するなど斬新な発想でエレクトリックギターの既成概念を壊していった。そして、スポーツカー、トヨタ2000GTを意識したという、ヘッドとボディをネックの太さと同等のスタビライザーで繫いだ流線型シェイプの“STABILIZER”は、ギターデザインにおける大革命である。


hideと布袋、対極に居たギターヒーローの共演

 そして、忘れてはいけないのがhideだろう。90年代初頭は布袋派とhide派に分かれるなど、人気を二分したものだ。B.C.リッチのモッキンバードをスタイリッシュにリデザインしたオリジナルモデル“MG-X”は、布袋モデルと並んでフェルナンデスを代表するモデルになっている。そして、そこに本人が施した“アメーバ”や“サイケ”と呼ばれる奇抜で細かいペイントは、“MG-X”同様にhideの代名詞になった。

 本人と同じペイントが施されたモデルは値が張ったために、多くの者が手にしていたのは真っ黒の廉価モデルだった。そのボディに本人と同じペイントが再現できるか、ポスカを片手に競い合ったものである。その影響力はギターペイントのみならず、ノートの片隅などにサイケ模様を綺麗に描くXファンの女子が学年に1人か2人、居たものである。また、“ロリロリのギターでヘヴィなリフを弾く”というコンセプトで考案された“イエローハート”は、今なおhideのアイコンとして幅広く知られている。

 プレイスタイルもその出立ちも真反対で人気を二分していた布袋とhideだが、布袋モデルとして考案されたギターをhideがシグネチャーとして使っていたことがある。“H”と呼ばれるそのモデルはその独創的なシェイプと、黒と白のカラーリングが相まって“シャチ”という愛称で呼ばれていたが、同モデルの廉価モデルをhideが使用した。のちにhide仕様の“H-KUJIRA”が作られ、主にレコーディングで使用されていた。

 そんなギターヒーロー2人が意外な形で奇跡の共演を果たす。2018年4月にお台場で開催された『hide 20th memorial SUPER LIVE 「SPIRITS」』でのことだ。布袋がこの日のために製作したという、幾何学模様のペイントが施された特別仕様“MG-X”を手に「ROCKET DIVE」をカバーするという、実質の共演である。

 ギターがもたらした2人の共演、あの頃のシグネチャーモデルの影響力がどれほどのものであったかをあらためて知らしめることになった。ギターヒーロー2人の共演に、90年代のギター少年たちが興奮しながら涙したことは言うまでもないだろう。


世界的なフェルナンデス人気

 フェルナンデスは、アンプとスピーカーを内蔵したトラベルギター“ZO-3”や、スイッチをオンにすれば電池の限り永続的な弦振動を得られるシステム“サスティナー”など、その突飛な発想と頭抜けた技術力で世界中のギタリストを魅了した。そうした中でフェルナンデスのシグネチャーが日本とは違う形で海外人気を得た、という事例も存在している

 ギブソンのレスポールを斬新な解釈でリデザインしたTRANSTIC NERVEのTALモデル“RJ”は、デヴィット・ボウイが結成したティン・マシーンのギタリスト、リーヴス・ガブレルスが使用したことで、海外人気が一気に高まった。“RAVELLE”というモデル名で海外発売され、リーヴスをはじめ、ヴェルヴェット・リヴォルヴァーのデイヴ・クシュナーなど、人気ギタリスト仕様のシグネチャーモデルが制作されている。

 さらに、先述の“H”は“VERTIGO”というモデル名で海外発売。ロブ・ゾンビのギタリスト、マイク・リッグスのシグネチャーが制作され、その独創的なシェイプを模して〈FERNANDES USA〉のロゴに使用されるほど、絶大な人気を得たモデルである。

 そのほか、MEDIA YOUTH、hide with Spread BeaverのKIYOSHIモデル“MY”が“RAVEN”として海外人気を得たほか、Eins:VierのYoshitsuu、Icemanの伊藤賢一らのシグネチャーの原型である“JG”は、海外では“DECADE”と呼ばれ人気となり、後年シドのShinjiが“DECADE”をベースにしたシグネチャーモデルを使用している。

 日本のギタリスト云々というところではなく、いちギターデザインとして、フェルナンデスが海外ギタリストに受け入れられている点は注目すべきところであろう。


時代はトラッドなスタイルへ

“ヴィジュアル系のギター”、というイメージも定着しつつあったフェルナンデスだが、“ヴィジュアル系”と括られることを否定するアーティストも増えたことで、ひとつの時代の変化を象徴する一幕がある。1995年7月、DIE IN CRIESのラストライブでのことだ。

 アンコール最後の楽曲を演奏し終えた室姫深が“♂♀”がペイントされた自身のシグネチャーギターを客席に放り投げてしまう。その衝撃シーンは映像作品『LAST LIVE「1995.7.2」』にも収められている。

 自分のアイコン、分身というべきシグネチャーギターを投げる行為は、別プロジェクトであるラウドバンド、BLOODY IMITATION SOCIETYを本格始動させる決意でもあり、“室姫深”との訣別の意があったことをのちに明かしている。ギターはあのあと本人の元に返されており、後年になって再び使用するなど、昔ながらのファンを喜ばせた。

 その1995年当時の時代背景を見れば、“ヴィジュアル系”という言葉がブームになりつつあった反面で、シーンの先駆者たちはいわば“脱ヴィジュ”へ向かっていたところもあった。世界的なオルタナティヴロックの台頭も大きく影響していた、ロックシーンの変革期だ。そうした中で、ギターデザインのトレンドも奇抜さを主体としたものから、オーセンティックな方向へとだんだん変わっていった節もある。

 シグネチャーブームの背景には、フェンダーやギブソンといったクラシカルなギターは古い、というところがあり、よりスタイリッシュな方向へシフトしたところが大きくあった。しかし、ここにきて再び、トラッドでオーセンティックなものが好まれるようになってきたのである。

 いわゆる“ソロイスト”タイプと呼ばれる、フェンダーのストラトキャスターをモダンにアレンジしたデザインを持ち、ネックまで真っ赤に塗られたシグネチャーモデル“LA-KK”を愛用していたL’Arc〜en〜Cielのkenが、フェンダーに寄せたデザインの“LD-KK”に変更にしたこともそれを象徴している。


受け継がれるフェルナンデスの魂

 フェルナンデスは名匠を生み出している。もっとも有名な人物といえば、故・松﨑淳氏だ。ZO-3の産みの親でもあり、布袋モデル、BUCK-TICKモデル、hideモデルなど、数多くのアーティストモデル開発に関わった。1992年にフェルナンデスを退社後、〈ZODIACWORKS〉(ゾディアックワークス)を設立。布袋をはじめ、GLAYのHISASHI、CHYROLIN、HYDEやK.A.Zなど多くのアーティストモデルを手がけていくが、松﨑氏の急逝によって2023年5月31日をもって閉業する。

 しかしながら今年2024年5月に、能登半島地震の支援のために再結成されたCOMPLEXの『日本一心』にて、布袋は新しいシグネチャーモデルを使用。ファンのあいだではさまざまな憶測が飛び交った。以前このコラムでも触れたものの、その全貌は明らかにはなっていなかった。そんな新しいギターブランド〈Zodiac NEO〉始動の知らせが布袋のオフィシャルから発表になった。

 田中千秋氏はフェルナンデスを経て、〈Tsubasa Guitarworkshop〉を開業。児島実(室姫深)、ローリー寺西、TAKUYAなど、かつてのフェルナンデスのモニターアーティストのギターを手掛けるほか、島村楽器のギター&ベースブランド〈HISTORY〉の最上位“Premiumシリーズ”やミュージックランドKEYプロデュースの〈Fullertone Guitars〉を制作している。数多くのBUCK-TICKモデルの制作に携わってきた草野豊氏は〈kusakusa88〉として、様々なプロダクトに関わっている。

 こうして形を変えながらもフェルナンデスの息吹は生き続けている。それに日本のロックが好きであれば、知らず知らずのうちにフェルナンデスのギター&ベースを目にし、そのサウンドを耳にしているはずである。この先も音源や映像を通して、多くの音楽ファンに聴き続けられていくことだろう。

 最後にひとつ。今年2024年最もロックだったアニメ『ガールズバンドクライ』の最終話(6月28日放送)、ダイダスことダイアモンドダストのボーカル、ヒナが手にしていたのが“NTG-LTD”だった。レギュラーモデルであるが、実質最後のシグネチャーモデルといえるのかもしれない。

筆者:冬将軍

JBpress

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