「大学ならどこでもいい」わけではない…「大卒<高卒」という年収逆転が生じる"新型格差"社会がくる

2025年5月23日(金)17時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/NVS

止まらない物価高騰で生じる新しい格差とは何か。第一生命経済研究所首席エコノミストの永濱利廣さんは「所得格差よりはるかに大きな影響を持つ、3つの新型格差がある」という——。

※本稿は、永濱利廣『新型インフレ 日本経済を蝕む「デフレ後遺症」』(朝日新書)の一部を再編集したものです。


■所得格差より深刻な3つの新型格差


新型インフレがもたらす格差は、所得以外の格差の広がりにもつながりうる。それは、「機会の不平等」「社会的地位の差」「生活の質の差」だ。こうした格差は、もしかすると人生において所得格差よりはるかに大きな影響を持つかもしれない。


一時期盛んに言われた「親ガチャ」や「上級国民」も、新型格差の落とし子のような言葉だ。生まれ落ちた環境によって、機会に恵まれたり機会を奪われたり、社会的地位が固定されたり、生活の質がまるで異なったりすることである。


また、世代間や地域間でも、こうした新しい格差が生じている。そこで新型格差が、なぜ「これから」なのか、主たる3つの要因を順に見ていこう。


写真=iStock.com/NVS
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1 デジタル化の進展

これから新型格差を生む最大の要因は、デジタル化の進展だろう。AIやIoTなどの技術革新は、労働市場を大きく変えようとしている。


AIやIoTの技術を使いこなせる人材は争奪戦となっている。「新人でも年収1000万超」といった高収入を得られる一方で、そうでない人々は取り残されるかもしれない。


「数年後にホワイトカラーはいなくなる」と言われるのは極端だが、AI技術が発展すれば、特に事務職などのマンパワーは必要性が低下していくだろう。


ただし、AIですべてが置き換わるわけではない。たとえば、短期的な為替予測でChatGPTが「1ドル200円」という非現実的な予測を出したことからもわかるように、AIには依然として限界がある。むしろ、手に職をもつ専門的な技能者の価値は、今後も維持されていくどころか高まっていく可能性すらあるだろう。


2 グローバル化の広がり

グローバル化も新型格差を生む要因だが、こちらは「これから」というよりも、すでに進行しており、国によってはかなりの度合いで進んでいると言っていいだろう。


経済のグローバル化は、新興国を豊かにし、国と国の格差を縮小させてきた。たとえば、日本人が東南アジアのリゾートで「低価格で贅沢な夏休み」を過ごしていた時代は終わり、多くの国で物価も生活水準も上昇している。


しかし、このようなグローバル化は、逆に国内の格差を拡大させる。アメリカを見れば理由は明白だろう。生産拠点の海外移転により、組立てなどの単純労働が新興国に流出し、国内でそうした仕事に従事していた人たちの所得が大きく下がっている。


「地元の高校に行って、地元の企業に就職して、週末は家族と過ごして一生安泰」だったはずの中間層が、低所得者層に転落したのだ。こうした失意や不満は外国人労働者への憎しみや極端な愛国心にかわり、2016年のイギリスのEU離脱決定や2017年の第一次トランプ政権誕生につながる原動力となった。


3 少子高齢化の進行

少子高齢化の進行は、世代間格差と地域間格差をさらに拡大させる可能性があろう。もっとも、都市部では65歳までの定年延長や再雇用制度の普及などによって、シニア層の収入環境は改善されつつある。しかし地方の状況は深刻だ。


「地元にいても、働く場所がない」という若い世代、特に女性の都市部流出によって、地方の人口減少と経済の衰退が加速している。


以上の「新型格差」を拡大する3つの要因に、気候変動の影響が加わるとさらに深刻になろう。


特に、災害の増加や食料自給率の低さは、経済問題を超えて新たな社会的リスクとなっている。南海トラフ地震への懸念も含め、将来的には「もう住むことができない」という地域も生まれるかもしれないが、これも新型格差を生む要因となりうる。


こうした新型格差の拡大は、単なる経済問題を超えて、社会の安定性そのものを揺るがしかねないだろう。実際に以下のような事象が起きうる。


・社会不安の増大
・地域ごとの経済格差
・民主主義の危機

■経済をコントロールできないミクロの視点


「政治は何をやっているのか?」


石破政権が少数与党になったことからもわかるように、自民党の政党支持率は低迷しているが、対して積極財政の国民民主党などが支持を拡大させている。背景には、コストプッシュ型のインフレで国民生活が苦しくなっていることがあろう。


最大野党の立憲民主党も、与党と同様に国民からの支持を下げており、同じような緊縮財政スタンスを打ち出している点も日本政治の特徴と言っていいが、これは経済学的に考えると不思議なことでもある。


端的に言うと、ミクロ経済学は「木」、マクロ経済学は「森」を見る学問であり、ミクロの視点では国の経済をコントロールできない。


なぜなら、ミクロ経済学は個々の消費者や企業、個別の市場を分析する学問だからである。かみ砕いて説明すれば、売れている商品や業績の良い企業など、個別の経済活動が研究対象となる。


一方、マクロ経済学は経済全体を見る。GDP、失業率、物価水準など、国全体の経済活動を分析し、それらに影響を与える財政政策や金融政策などを研究対象としている。


身近なところで言えば、ミクロの視点だと「収入が減ったら節約しよう」「会社の経営が苦しいからリストラしよう」というのは合理的判断となる。しかしマクロの視点では、あらゆる人が節約を始め、企業が一斉にリストラを行えば、消費は冷え込み、企業の売上はさらに減少し、その結果として新たなリストラや賃金抑制が起き、景気は一層悪化する。


写真=iStock.com/natatravel
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■新型格差に対処する4つの具体策


つまり、個人の経済にとって合理的な判断が、経済全体ではむしろ悪影響をもたらすのである。


こうしたミクロの視点では合理的な行動だとしても、それが合成されたマクロの世界では、良くない結果が生じることを、「合成の誤謬(ごびゅう)」と呼ぶ。


今、世界的には積極財政の潮流にある。ところが、日本は最大与党も最大野党も同じく緊縮志向が強い。おそらく最新のマクロ経済学的な視点が欠けていることもあると思うが、「どの党が政権をとっても経済政策が変わらない」のだから、国民の政治不信、政治離れを招く一因になるのも頷ける。また、新型インフレ下にもかかわらず緊縮財政では、格差を食い止める手段がさらに制限され、社会の安定が揺らいでしまうだろう。


新たな格差の拡大に対処するには、複数の対策を組み合わせた総合的なアプローチが必要だろう。そうした対策のうち、代表的な4つを挙げる。


1 新たな教育機会平等の実現

教育の機会均等とは、「小学校から大学進学までみんな揃(そろ)って行こう」といった画一的な教育を意味しない。それぞれの子どもの志向や適性に合った教育機会を保障することが重要だろう。たとえば、ドイツのマイスター制度のような職業教育なども参考に、早い段階から多様な教育を受けられる環境を整えることで、「手に職」人材の育成にもつながることが期待される。また、教育奨学金の拡充なども一助となろう。これについては、本書の第5章で詳しく述べる。


2 トランポリン型社会の誕生

社会保障制度の充実も格差是正には不可欠であり、注目すべきは「フレキシキュリティ」(Flexicurity)という考え方だ。「柔軟性」(Flexibility)と「保障」(Security)を組み合わせた造語で、デンマークをはじめとする北欧諸国で実践されている。


1990年代にフレキシキュリティ政策を推進したデンマークのラスムセン首相(写真=Magnus Fröderberg/CC-BY-2.5-DK/Wikimedia Commons

これまで「日本はクビにならないから良い」とされてきたが、それは逆に不自由な労働市場を生んだ。というのも、解雇の恐怖がない代わりに、一生、会社も働き方も固定されてしまうのである。


その点、フレキシキュリティは、企業側には人員整理をしやすくし、労働市場の流動性を高める。ただ、これだけでは「解雇規制を緩和したら、貧困者が激増する」と非難を浴びるかもしれない。しかし、失業した人には、充実した職業訓練の機会と手厚い失業保険給付がつくのである。


一時的な転落があっても再び跳ね返れる仕組みということで、「トランポリン型社会」とも呼ばれる。「どん底に落ちた時、そっと受け止めるセーフティネット」と、「自分で新たなチャンスへと跳ね上がれるトランポリン」と、どちらかを選ぶとすれば今後は後者が増えていくのが望ましいのではないか。少なくとも、トランポリン型社会なら、失業による貧困というリスクから人々は守られる可能性が高まる。


3 労働市場の改革


永濱利廣『新型インフレ 日本経済を蝕む「デフレ後遺症」』(朝日新書)

これからの労働市場では、AIやロボットの導入という「技術による改革」が重要なのは言うまでもない。だが、もっと注目すべきは、「人に対応した改革」だ。


具体的には、従来の学歴至上主義からの脱却に尽きる。たとえば、今後は高専卒業生の年収が大学の卒業生よりも高くなる可能性があるだろう。「手に職」系の技術者育成は、これからの時代に重要性を増すからである。


「大卒でないと就職のスタートラインに立てない」という考えから、日本の大学進学率は60%程度になっている。だが、「大学ならなんでもいい」というのが神話ですらなかったことはすでに証明されており、サービス産業に就職した大学の卒業生より製造業や建設業などに就職した高卒者のほうが生涯賃金は高いというケースも珍しくなくなっている。


4 国際協力の強化

グローバル化に対応するためには、国際的な協力のもとで格差是正の取り組みをしていかなくてはならない。SDGsなどの国際的な取り組みも見据え、国境を越えた「地球全体の課題」に取り組む必要もあるだろう。


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永濱 利廣(ながはま・としひろ)
第一生命経済研究所経済調査部 首席エコノミスト
1995年早稲田大学理工学部工業経営学科卒。2005年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。1995年第一生命保険入社。98年日本経済研究センター出向。2000年4月第一生命経済研究所経済調査部。16年4月より現職。内閣府経済財政諮問会議政策コメンテーター、総務省消費統計研究会委員、景気循環学会理事、跡見学園女子大学非常勤講師、国際公認投資アナリスト(CIIA)、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)、あしぎん総合研究所客員研究員、あしかが輝き大使、佐野ふるさと特使、NPO法人ふるさとテレビ顧問。
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(第一生命経済研究所経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣)

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